朝早いので朝食は弁当ということでしたが、ホテルのミスで予約していなくて、そのゴタゴタでホテル出発が15分ほど遅れました。契約不履行ということで、各自に6ドルが返却されました。
上海までの飛行機は予定通り8:00に離陸し、9時に朝食にありつけました。2時間なのに出てよかった。
上海で出国し、飛行機を乗り継ぎます。飛行場では残った元で孫のTシャツなどを買いました。
帰りの飛行機では窓側が取れませんでしたが、日本に留学する西安の女学生と相席になり、色々話をすることができました。日本のことが大好きなので留学するとのことで、SMAPのコンサートに行きたいと言っていました。日本の芸能界やアニメのことをネットで見ているようです。学費は、比較的安い前橋の学校で、6ヶ月50万円だそうです。弟が一人いて、両親は工場勤務だそうです。大物かもしれませんね
成田には予定通り16時に到着しました。雨が降っていました。今回のおみやげです。
今度のツアーの参加者は男9人、女2人の計11人でした。一人参加の追加料金が半額になる「お一人様参加歓迎日」だったので、11人中9人が一人参加でした。残る2人も男2人組で、夫婦参加がいない珍しいツアーでした。なお、尖閣問題で暴動が起きた直後なので、17人の予定が11人となったそうです。
シルクロード
初めに華清池に行きました。最近完成したばかりの入口のモニュメントです。
10年前に来た時には池に楊貴妃の像が立っていたのですが、いなくなっていました。
楊貴妃の像は別の場所で、温泉を浴びていました。
華清池はすっかり変わっていましたが、楊貴妃の使った風呂は昔のままでした。
次に兵馬俑に行きました。普段よりずっと遠い所に駐車しなければならずたどり着くまでが大変でした。
まず1号坑を見ました。ものすごい人で、写真を取るのも一苦労です。
2号坑では、あまりの人の多さに写真を数枚撮って出てきてしまいました。
3号坑も同様です。説明は聞こえないし、時間までに、決められた集合場所に行くことにしました。
昼食のレストランに行くと発見者の楊さんがいました。10年前に来た時には本にサインをしてもらいました。よくご無事でと思いましたが、帰ってからネットで調べたら、何人もの楊さんがいるとのことです。
12:00昼食です。麺を伸ばす実演をして、10元(140円)でラーメンを売りました。
昼食後、西安市街に戻り、陝西省美術博物館に行きました。黄土画派の作品展をやっていました。
この大御所の作品は何百万とか言っていましたが、別室で玉石を売るのが本業のようです。
次は陝西歴史博物館に行きました。雨が降り始めました。こちらは本物でしたが、すごい人でした。
説明文を読む暇もなく、ぐるっと見て回るのが精一杯でした。
大雁塔です。雨が降っているのにみんな頑張っています。傘を持ってきてよかったです。
大雁塔は変わっていませんでしたが、慈恩寺の伽藍は絢爛豪華になっていました。
17:50さらに絨毯屋さんに行きました。盛り沢山なのが、阪急トラピックスの特徴です。
18:45やっと夕食です。名店で10数種類の餃子を楽しみ、紹興酒、冬虫夏草、人参酒なども頂きました。
オプションの唐歌舞ショーです。写真が撮れるというので、参加しましたが、素晴らしいものでした。
21:40ホテル着、これでシルクロード8日間の観光は全て終了です。明日は午前6時出発です。
宿泊した長城賓館です。
朝8時出発で、7時に食堂は開きましたが、バイキングでなく、持ってくるのが遅く、やきもきしました。
今日は国慶節です。テレビで各地の日の出の様子を中継していました。嘉峪関でも祝賀の掲示です。
嘉峪関は万里の長城の最西端に位置する砦です。天下第一雄関といわれています。
嘉峪関の城壁をグーグルで探してみました。周囲733mを高さ11mの城壁で囲んでいます。
東の光化門の上の楼閣です。
光化門をくぐると城内で、向こうに西の柔遠門とその楼閣が見えます。
城内にはパオが置かれ、嘉峪関の雑技団が練習をしていました。ここで演武をするようです。
城壁に登ると、祁連山脈の山々が見え、旗が閃いていました。
嘉峪関から祁連山脈の方(南方)に伸びる万里の長城
西に向かって立つ嘉峪関本楼です。
次に懸壁長城に向かいました。万里の長城です。長さ950m、高さ150m、登ることになりました。
30分で帰ってこなければならないので、一生懸命登ったら、15分で登れました。頂上からの眺めです。
麓には何かモニュメントが置いてありました。
国慶節には結婚式を挙げる人が多いそうで、昼食を食べたレストランでも披露宴が行われていました。
昼食後、魏晋の壁画墓を見に行きました。撮影禁止 これで嘉峪関の観光は終了です。
嘉峪関から飛行機で西安に向かいます。また、飛行機が1時間遅れました。
上空からの景色です。
ブロッケン現象が見られました。
18:03西安に戻ってきました。
夕食です。西安火鍋です。
ライトアップされた鐘楼などを車窓観光して、ホテルに向かいました。
21:30西安賓館に到着です。部屋からの夜景です。
飛行機が少し遅れただけで無事西安に戻ってきました。西安は10年振りです。
泊った敦煌太陽大酒店です。日の出は7:35、だいぶ東に戻ってきました。
7時、今日の朝食です。お粥と野菜、肉がなくて、健康的です。
8時出発、まず夜光杯の店に行きました。記念に小さいのをひとつ買いました。
次に市場に行きました。果物、野菜、肉、魚、色々なものを売っています。
今日は中秋の名月、月餅を売っていました。6個で5元(70円)、十分おいしく、食べられました。
いよいよ莫高窟を見に行きます。
莫高窟は、鳴沙山の東壁に4世紀から千年に亘り、彫り続けられた石窟群です。
この有名な建物は第96窟の大仏を収めている9層の楼閣です。
全部で12窟を見学しました。撮影は禁止なので、インターネットから画像を拝借しました。
初めに行った328窟です。このような仏像を配置した石窟が数多くあるようです。
第217窟の壁画
第96窟の大仏、9層の大仏殿の6層目の窓から顔を見えことができるそうです。
158窟の涅槃像
156窟の張議潮出行図
2時間見学して、敦煌の市街に戻って昼食です。郷土料理だそうです。
昼食後、嘉峪関に向けて380kmのドライブです。
緑が多くなると、人家があり、羊なども見られました。
嘉峪関城楼の標識です。ここで高速道路を降りました。
17時嘉峪関の街で夕食です。家庭料理だそうです。
20時ホテル到着 長城賓館です。ロビーに金魚がいました。
部屋入ると、月餅と梨が置いてありました。カーテンを開けると中秋の名月が輝いています。
お茶を入れ、名月を見ながら、一人月餅を食べました。
トルファンを4時間遅れて2:10に出発した列車は、止まらずに走り続け、7:00にハミ駅に停車しました。
その後もほとんど止まらずに走り続け、7:40 日の出を迎えました。
到着は11時頃なので、朝食を何とかしなければなりません。誰かのおみやげのナンを食べました。
10:42 敦煌もよりの柳園駅に到着しました。賢明にも、予定表には時刻が書いてありませんでした。
予定通り、朝食を駅前の食堂で食べました。ただし、遅れにより、観光の順序は変更になりました。
敦煌へは2時間ほどかかります。何処までも続く、不毛の大地の中を走り続けました。
緑が現れてきました。
綿畑がありました。この辺は綿の生産地だそうです。
ブドウ畑もありました。ウルムチやトルファンと同じような作物を作っているようです。
敦煌に到着しました。党河でしょうか。
13:30 昼食です。何か食べてばかりですが、食べられるから不思議です。
仏教経典の翻訳で有名なクラマジュウの愛馬を供養した白馬塔です。
敦煌博物館です。撮影禁止でした。莫高窟をモディファイした建物が中々斬新です。
いよいよ待望の鳴沙山です。沙漠です。鳴き砂だそうだったんですが、確かめませんでした。
ラクダに乗って、キャラバン、出発進行 フタコブラクダは背が低く、恐怖感はありません。
沙漠のキャラバンの写真が撮れました。
鳴沙山の麓には月牙泉という泉が湧いており、寺院がありました。新しい寺院が復元されています。
夕日に映える玉門関です。陽関と並び称される西域への関門でした。
月は東に、日は西に。1日前の中秋の名月が玉門関に昇ってきました。
漢の時代の万里の長城が残っています。日が暮れました。
何とか全日程を終え、1.5時間かけて、9時に敦煌に戻りました。敦煌料理だそうです。
ホテル到着21:44 今日のホテルは太陽大酒店です。
2回目の午前様で、どうなるかと思いましたが、沙漠のラクダ乗りで目が覚めました。元気です。
泊ったホテルの朝の顔です。
部屋からの眺めです。8時に日の出を迎えました。北京と同時刻ですが、本当は時差2時間です。
トルファンに行く途中、風力発電の風車を見ました。今や中国は風力発電、世界一です。
車窓の左側にはボグダ山脈の、雪を頂いた山が見えました。主峰は5000mを超えているそうです。
車窓の右側には塩湖が見えました。福島原発の事故後、塩が高騰したことがあったそうです。
砂漠の水道:カレーズの博物館を見学しました。思ったより竪穴の間隔が短いのに驚きました。
今でも清冽な水が流れていました。不透水層を選び、自然勾配で流す、中々の土木技術です。
カレーズはオアシスを作っており、ブドウがたわわになっていました。
交河故城は、高さ30mの大きな川中島にあります。天然の要害をうまく利用しています。
城というより城塞都市だったようで、仏教寺院などもあったようです。
昼食です。ラグ麺などの郷土料理ということです。
この辺りでは石油が出るそうで、石油を掘っていました。随分密に掘るものだということを知りました。
片方では唐辛子を干していました。
日本でも有名な火焔山です。立派な標識が立っていました。
もっともガイドの話では、火焔山という山はなく、山脈をいうのだそうです。
高昌故城では、ロバ車に乗って見学です。
玄奘三蔵が立ち寄ったという高昌国の都の遺跡です。
6~7世紀高昌国時代のアスターナ古墳群も見学しました。
火焔山の山肌を穿って祠としたベゼクリク千仏洞です。下にはムルトク川のオアシスがあります。
夕食です。トルファン料理だそうです。毎日同じようなものですが、食に拘りませんから、大丈夫です。
これから夜行寝台列車で敦煌に向かいます。22:05発の予定が、列車が来たのは午前2時でした。
またまた4時間の遅れ、前途多難な旅となりました。
宿泊した西安賓館です。中々立派なホテルで、帰りにまた泊ります。
ホテルからの眺めです。西安はいつも靄っています。
今朝3時半に寝て、6時半に起きて、7時に朝食を食べました。出発は8:15になりました。
今日は西安10:35発の飛行機でウルムチに向かいます。所要3時間20分です。
搭乗1時間、11時半に昼食が出ました。ビールを飲みました。ワインはありませんでした。
いつの間にか雲が晴れ、眼下に雪山が現れました。祁連山脈でしょうか。
山が消え、荒涼たる砂漠となりました。
しばらく行くと、また雪山が現れました。天山山脈かもしれません。ウルムチへの降下が始まりました。
ウルムチは快晴で、気温は高いが、湿度は低く、爽快でした。
新疆ウイグル自治区博物館を見学しました。
ここの目玉は楼蘭美女です。発見当時の写真からすると、黒く変色しています。
玉石店にも行きました。
最後にバザールに行きました。スイカ、ハミ瓜、ザクロ、ブドウ、ナシ、干しブドウなどが並んでいます。
衣服もあります。民族衣装を孫達に買ってみました。
夕食はしゃぶしゃぶで、マトンや牛肉を白いスープで食べます。食べるのに忙しく撮るのを忘れました。
今日のホテルは独山子大飯店です。到着は8時50分でした。
今日はゆっくり風呂に入り、昨日からの旅の疲れを癒しました。
Kazu